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March 22, 2005

ちょっと待った!合併新市名 ②「南セントレア」は空港愛称としても落第だ

<合併新市名論評>
2005-2-25 楠原 佑介

 ②「セントレア」は空港愛称としても落第だ

 セントラル・エアポート→セントレアとは何と愚かな略称か!

*セントレアとは「中部国際空港」の正式名称をCentral Air Portと英訳し、その語尾のPortを切り捨ててCentral Airの部分をCentr-airと略したものだろう。「空港」とはPortに意味があり、airだけなら単なる「空・空気」に過ぎない。日本人は略語製造の名人だが、これはいかにも乱暴過ぎる。

*かつて、分譲集合住宅の意の英語の熟語cooperative-houseをコーポラスcooper-useと約して売り出した業者があったが、こんな珍奇な略語はもう誰も使わない。セントレアの場合は愛称といえども固有名詞だから、定着する可能性は小さくない。だが、それがはたして、喜ぶべきことかどうか。

*セントレアCentr-airを漢字2文字で再訳すれば「中空」か「空中」になるだろうが、飛行機嫌いの私は「~発“中空(空中)”行き」などという飛行機には絶対に乗らない。空港会社の関係者は、英語使いの達人ぞろいだろうから、縁起かつぎや語呂合わせは気にしないのだろうが……。

*このような略語は英語を母語とする国々の習慣にはないはずで、彼らもこの略称は使わないだろう。

*そもそも「中部地方」という地方区分は、明治37年に教科書用に制定された7(8)地方区分の一つで、自然地理・人文地理の双方の観点から、特徴ある地方を教科書用地図帳の1ページないし見開き2べ一ジに納まるよう日本列島の両端から定めてゆき、残った本州中部を(9県という数も多いし面積も広すぎるが)一まとめにして「中部」としたもの。したがって、もしこの「中部地方」を英訳するのなら、Middle Districtとでも称すべきだろう。イングランド中部はMid-landと呼ばれるが、この場合は「内陸の~」という意味合いが含まれているらしく、日本の中部地方には合致しない。ただし日本でも、「中部山岳地帯」と呼ぶ場合には明らかに「内陸の~」という意味合いを匂わせた使い方である。

*欧米には、セントレアに似た発音の地名がいくつかある。西インド諸島のセントルシアSaint Lucia島はイギリス領の火山島で、イギリスでは紛らわしいセントリアはまず使われないだろう。アメリカにはミシシッピ川畔の大都市セントルイスsaint Louisのほかイリノイ州にセントラリアcentraliaという名の小都市があるから、アメリカでもセントリアは使われまい。

*名古屋人・愛知県人がCentra1にこだわるのは、その底に病的なまでの“中央願望"があるのかもしれない。関東と関西のほぼ真ん中に位置し、かつては織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と日本を動かしたリーダーを輩出したのに、ミヤコ(首都)には一度もならなかった。その屈折した思いが結晶したのが、他ならぬ「中京」という僭称であった。世界中には、アメリカ西海岸のロサンゼルス、中国の上海など、一度も都であったことがないのに、経済活動は活発で、その国だけでなく世界をリードしている都市がいくつもある。名古屋人・愛知県人は何ら卑下することなく、胸を張って生きればよい。もし、その“田舎臭さ"から脱却して“風格"を身につけたいのであれば、もう少し「歴史」というものを大切にしたらどうか。名古屋市も愛知県内の各市も、明治以後あるいは戦後60年間の地名変更は東京はじめ全国どこよりもひどい。歴史を語るのは幾重にも積み重なった各時代の歴史的地名群であって、名古屋城の金の鯱鮭鉾は単なる飾り物に過ぎないのに……。

*外国の航空会社や外国人に使ってもらうことは、初めから想定外なのかもしれない。空港利用客から親しまれ、物珍し屋の観光客が押しかけて来るなら万々歳、という見解もあろう。だが、それでいいものか。先日、大学生・高校生の地理意識調査が行われ、彼らの地理音痴ぶりが話題になった。民営空港といえども政府からの補助金は出ているはず。その公的機関が怪しげな和製の略称英語地名まがいを新命名して、どうして学生らの地理音痴ぶりを批判できるのか。

*追記。2月27日の住民投票で、この「セントレア市」の是非が問われたが、合併そのものが反対多数になった。ザマアミロ! 愚案を考えついた関係者、面白おかしく囃したてたマスコミは全員猛省すべし!。

 「南セントレア市」の市名代案はこれしかない

 「南セントレア市」は3重に×点が付く落第市名だ!

 このタワケた新市名は、今回の「平成の大合併」政策の欠陥をモロにさらけ出している。2町が合併する場合、どちらか一方にゆかりの地名を新市名にしては、もう一方は納得できない。そこで、より広い自然地名などを借用してお茶を濁そうとする例が続出している。この新市名がダメなのは、①合併新市域内に地名として存在しない、②別地の、しかも地名ではなく施設の愛称に過ぎない、③施設の愛称としても問題多いネーミング(前項参照)――と×点だらけで、プラスに評価できる点は何もないことである。しかも、このような架空(=中空)の名称が市町村名に許されるとなれば、これを“前例"として各地に同工の願望型抽象名、しかも外国語が全国に氾濫する虞れがある。発案した美浜町長の弁によれば、「国際空港に来る外国人客に1人でも多く足を運んでもらいたい」ということらしい。何という浅ましくも、愚かな発想だろうか。かりに足を運ぶ人間がいたとしても、こんな市名では先進国からの客も発展途上国の人たちも誰からも尊敬されない。まさに“国辱もの"の新市名と呼ぶべきだろう。

 出す知恵はある――歴史に学べ!

 美浜町+南知多町の場合、郡名の「知多」は、昭和30年に3町合併で成立した知多町が同45年に市制施行して知多市を名乗っている。この知多市の名は南北に細長い古代以来の知多郡域から見れば、その北部の狭い領域に過ぎず、僭称の類である。その点、今回の合併の一方の当事者である南知多町(昭和36年、3町2村が合併)は知多郡の南端部であることを表現したもので、まあ問題は少ない。だが、今回の合併で「南知多」を名乗ろうとすれば、相手の美浜町は承服しないという図式である。
 ならば、歴史に聞けばよい。古代尾張国知多(智多)郡には5郷があったが、その一つ富具郷は現・美浜町野間から南知多町内海にかけての一帯に比定される(次ぺ一ジ分布図参照)。この富具郷はのち、鎌倉期~室町前期にかけて安楽寿院領の野間内海荘に移行している。
 知多半島西岸は丘陵地が海に迫り水田耕作が可能な平野は狭いが、伊勢湾を舞台に漁労・海上交通に従事する海人たちの拠点であった。富具郷は2町が合併した全域をカバーする地名ではない(ほかに但馬郷が現・南知多町南半部に想定されている)が、今回の合併新市名としてのプラス点は、現・美浜町南西部から南知多町北西部ににかけて、両町またがっていることである。郷名・群域の歴史的由来と経緯を考えれば、両町の住民・関係者とも異存はなかろう。

 フグ(富具)はフク(膨)の意で、「福」に通じる

 富具郷の遺称は現在、美浜町野間の南部に富具崎川が流れ、その河口に富具崎漁港があり、地内には富具神社も鎮座する。この富具郷は、知多半島西岸の海岸線沿いに標高40~50mの丘陵が張り出し、海に向かって大きく膨らんだ地点に当たる。全体に単調な知多半島西岸では唯一、伊勢湾に向かって張り出した地点ということになる(地形図参照)。
 この地名の語源は、その膨らんだ地形をフグ(富具)と表現したもの。フクとフグが通じる例は、冬の海の味覚である海豚を、西日本では語源通り清音のフク(釣り上げると腹部がたちまち膨れることに由来)と呼ぶのに、東日本ではフグと濁音化するのに同じ。河豚釣りの経験者には説明不要だが、河豚という魚は釣り上げられて海面から空中に出されたとたん、腹を膨らませて威嚇・警戒のポーズをとる。山口県下関漁港の土産物である河豚提灯は、その愛敬ある断末魔のポーズを形に残したもの。
瀬戸内海の入江のほとりの漁村では、冬場、カレイ釣りの外道としてクサフグが針に掛った。東日本の海辺の子供たちは河豚を釣り上げたらすぐ、膨らんだ腹を足で踏みつぶして堤防に放置するらしい(ネコやカラスが食ったらどうなるのだろう?)。だが我々は、その小さな河豚を大急ぎで家に持ち帰った。と、祖母が素人ながら器用な手つきで河豚の首筋に包丁を入れ、腹皮と内蔵をクルリと身からはがして捨て、裸の身と皮つきの頭を(血合い部分は取り除くが)味噌汁の具にしてくれた(もう2度と味わえない珍味!)。
 地名も魚名も使われた言葉は同じで、富具郷の郷名もフク→フグと転訛したものだろう。
 地名にはフクという用語はしばしば使われ、多くは「福」というめでたい字音語が当てられている。岡山県児島湾岸には広大な干拓地が広がるが・そのあちこちに「福~新田」とか「~福新開」という地名があった。私は初め、人工の干拓地だからめでたい「福」の字を使った美称だろうと思っていたが、本格的に地名を研究しはじめてすぐ、単なる美称ではなく「膨らんだ地」を表したものでもある、と気づいた。干拓地とはすなわ、「海に向かって陸地を膨らませた所」にほかならない。人工の干拓地だけでなく、河口三角洲など陸地が自然の営力で膨らんだ地にも「福~」の地名は多数見られる。
 水平方向の膨らみだけでなく、垂直の膨らみ・すなわち山や丘陵にも「福」のつく地名は便われている。
中世・在地武士団は険阻な山の上にまず城を構えた(山城)が、やがて平野部に要害の地を求めて進出しはじめた。平野に向かって水平方向に突出した丘陵端や平野の真ん中で盛り上がり膨らんだような小山.小丘丘は、周囲に濠を巡らせれぱ堅固な軍事拠点にできる(平山城)。やがて、こうした平山城の周囲に城下町が築かれ、「福山」「福岡」「福知山」「福本」などと称された。

 美浜町+南知多町の合併新市名としては、古代の郷名をそのまま採り新市名「富具市」としてもよいし、郡名を冠称して「知多富具市」と名乗る手もある。または、「富具」を「福」に置き換えて「知多福市」、あるいは郷名の「富具」を「福」に換えて「福郷市」・「知多福郷市」としてもよい。この程度の加工・修正は古代から中世へ、また近世村名へと継承される時にしばしば行われており、歴史的伝統的地名の保存・継承策としては許容範囲内といえる。ここに紹介した代案はどれも、「南セントレア市」などという根拠もなく、架空のタワケた新名よりははるかにマシというもの。

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