April 20, 2005

ちょっと待った!合併新市名 ③茨城県「つくばみらい市」に代案を提案する!

<合併新市名論評>

ちょっと待った1合併新市名 ③茨城県「つくばみらい市」に代案を提案する!

平成17年3月27日 新市名を考える住民集会 於:伊奈町中央公民館
                 地名情報資料室・地名110番 楠原 佑介

合併市名はどう選択すべきか

 イ)合併町村に大小ある場合は大なる町村名を残せ」明治21年 内務大臣訓令 <大町村名継承原則>
 ロ)合併新市町村域により整合する名称を採用すべし <区画・名称の整合性原則>
 ハ)今後の行政中心となる小地名を名乗るべし <中心地名称採用原則>
   明治期に設定された県名は愛媛県・北海道を除き全部、中心城下町名・郡名・港町名を採用
 ニ)過去~現在まで当該地域に存在した地名から選択すべし <歴史的伝統的地名継承原則>

「つくばみらい市」のマイナス点を列挙しておこう

 ①新規命名の基礎点=0点
 ②地域の過去~現在の実情を反映していない  マイナス50点
 ③「つくば」も「みらい」もかな表記である点  マイナス50点×2
 ④「未来」という抽象語の時制用語 抽象語に場所特定機能はない  マイナス50点
 ⑤この1町1村の地が筑波郡になったのは近世初頭の郡域錯誤による  マイナス25点
 ⑥近世「筑波」郡域の全域から見れば数分の1が「つくば」を僭称  マイナス50点

                         [総合評価]     -275点

愛知県「セントレア市」が廃案となったので、今回の合併新市町村名では段トツの最悪例になる!

 今回の伊奈町+谷和原村の場合、前記イ・ロ・ハは採用できそうにない。そこで「ニ項」を適用する

<歴史的伝統的地名の候補案>     新規命名でないから基準点100点

○「谷原(やはら)」(河野十四生氏案)
  [検証]・中世「谷原」は下総国相馬郡域の下流までを中心にした汎称だった点はマイナス  -60点
     ・近世の「谷原3万石」の称は相馬郡域の「谷原」を凌駕した  十30点
     ・寛永年間(1624~44〕の開拓による「谷原3万石」はこの地の歴史を十二分に語る  +30点
     ・新市域中、東部の台地は「谷原」には該当しない  -30点
[総合評価]+70点
○「小貝」(楠原案)
  [検証]・河川名などの自然地名はその区域と市町村域が整合しないのは大きな欠点  -80点
     ・新市域はほとんど左岸だけ、右岸が欠けている分マイナス  -50点
     ・ただし、「川」を除外した語幹だけなら、混同の恐れは少ない +25点
     ・「小貝」という地名は流域には他に存在しない点もプラス点  +25点
                         [総合評価]   +20点
           *20点でも「つくばみらい」よりははるかにマシ

○「河内(こうち)」(楠原案) 古代~近世初頭まで合併2町村が属した郡名
  [検証]・近世以降、筑波郡に編入されたため実感に乏しい  -50点
     ・ただし、古代郡名は鬼怒川・小貝川にとり巻かれたこの地を表現したもの  +25点
     ・古代郡域の全体から見れば狭小にすぎる  -70点
                         [総合評価]   +5点
○「真幡(まはた)」(楠原案) 古代常陸国河内郡真幡郷はミノハタではなくマハタではないか
   [検証]・この郷名は中山信名ほかの『新編常陸国誌』・宮本茶村『常陸誌料郡郷考』以来、ミノハタと読まれ現・谷和原村の箕輪が遺称地とされてきた。吉田東伍『大日本地名辞書』も疑問符付きながらこれに従っていたので、我々(楠原・桜井ほか2名)の『古代地名語源辞典』も追従したが、今回あらためて検証しなおしてみると、やはり疑問。
      ・「真」の字をミに宛てる例は人名(名のり)には稀にある(「真」は「実」と類義)。
だが地名には見られない。「真」はやはりすなおにマの和訓と解すべきではないか。
      ・マ(真)は地名用例では「真っ直ぐ」のほか「真南」をも意味する(松尾俊郎説)とい
う。筑波台地が真南に延びた伊奈町南端部こそ真幡郷か。
      ・ハタ(幡)の字は古代地名では土佐国幡多郡ほか多数使われている。いずれも「端」の
意と思われるが、稀に「畑」もありうるか。いずれにせよ、筑波台地南端部に合致。
   [検証]・古代郷名考証として地理的合理性が十分ある  +50点
      ・今のところ楠原の新説で普遍性がない  -50点
      ・新市域と完全には整合しない(西部の低地部分が脱落)  -30点
          〃         (古代にはほかに大山郷も想定される)  -30点
      ・古代郷名のなかでは用字も良く、発音の音感も申し分なし  +20点
                         [総合評価]   +60点
      *この「真幡郷」については、楠原は全力を挙げてさらに検証を続行するつもり。
      *ここに掲げた以外にも候補名はあるはず。「つくばみらい」を阻止するため心ある住民はみんなで真剣に知恵をめぐらそう。

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April 18, 2005

異茶門守こと楠ちょっと原佑介新刊『この駅名に問題あり』

◇楠原 佑介 新刊のご案内◇
 お待たせいたしました。いよいよ4月26日発売!
「この駅名に問題あり」  四六判 254頁 定価1,575円(税込み)
             草思社刊(営業℡03-3470-6565) ISBN4-7942-1401-4
  
   ……………………………………………………
ekimei <著者発能書き>
*「品川駅の南に北品川駅」
 「目黒ではないのに目黒駅」
 「目白不動から2・2㎞も離れた目白駅」
 「番町なのに市ヶ谷駅」
 「谷間でもないのに鴬谷駅」
 …東京周辺の駅名には摩訶不思議例がいっぱい。
*駅名自体が問題であるだけでなく、昭和40年代に行われた住居表示は駅名に合わせて新地名を設定したものも多数あり、「文京区大塚の北に豊島区南大塚がある」などという新たな問題地名例も発生している。
*我が国では明治以来、論理的整合性がある地名政策はついに検討・採用されることがなく、いつもその場限りの彌縫策が繰り返されてきた。駅名もまた、地名一般と軌を一にして目先の利害得失や空虚な発展願望のみによって命名されてきた。結果、地域の実態を示さないのみならず、地域史を歪め、住民の生活に混乱をもたらしかねない地名・駅名が多数出現している。
*この近代国家にあるまじき混迷のよって来る所以を追究し、我が国の官民とも今、何をなすべきかを考察し、その一案を提示した。
*東京近辺だけでなく、全国的にもさまざまな問題駅名例が多数ある。その具体例ごとに整理し原稿化しているが、本書は連作予定第1弾。
   ……………………………………………………

 『この駅名に問題あり』 目次

 序章 駅名はこれでいいのか――“何でもあり”の日本の駅名

 1 最初の鉄道駅名はパクリ(隣接地名借用)だった [品川]
   顔が三つある「品川」の不思議
   港区にあるのに、なぜ「品川」駅なのか
   品川宿が鉄道駅を忌避したというのは“つくられた伝説”臭い
   京浜急行が悲願とした都心乗り入れ [北品川]
 2 異議あり! 東急田園都市線の駅名選定
   不動産分譲のための駅名選定
   駅名を含めた総合的地名政策はついに検討されなかった
   改正法を骨抜きにしたのは誰か
   地名は多数決で決めてはならない
 3 中国では駅名是非論議が始まっている。
   中国では地名を変えるの洲云統だったが……
   駅名の誇大表示は国辱ものだ!

 Ⅰ章 駅名は誰のものか―施設名を駅名にすることの問題点

 1 駅名が訴えられた!
   寺院が都営地下鉄の駅名を訴えた!  [泉岳寺]
   公共目的なら他者の名称をパクって(無断借用して)も可とする論理
   あらゆる施設はいつか必ず移転する!
   駅名が施設名と合致していたのはたった2年9ヵ月  [都立家政]
 2 どうする? 東急東横線の実体なき駅名
   東横線は神奈川県側から伸びてきた
   日本型「田園都市計画」について
   軍施設に代わり学園の誘致へ――私鉄の新経営戦略  [学芸大学]
   縫れた糸はもうほどけないのか
   施設名に合わせた駅名改称が間違い   [都立大学]
   利用者アンケートで駅名の是非を決定できるのか
   駅名アンケート方式ははたして有効か
   両駅の駅名を元に戻す手順を伝授する   [中目黒]
   東横線にもあったパクリ駅名
 3 学校名を駅名とする愚
   学園誘致に失敗したのに「大泉学園」とは?  [大泉学園]
   学園都市計画と駅名は連動したか   [国立]
   駅名は大学の宣伝手段か
   「大根はイメージが悪い」という没知性的感覚!  [東海大学前]
   新幹線にも登場した大学名駅名  [本庄早稲田]
   地名+大学名略称のはらむ問題点

 Ⅱ章 東京都心のパクリ駅名

 1 駅名「新宿」はブラックホールか   [新宿]
   駅の設置場所は角村字渡辺土手際だった
   甲武鉄道電車線の新宿駅ホームは2カ所に分かれていた
   世界一の巨大連絡駅に発展したが……
   借用した略称の駅名が肥大し、地域史を破壊した
 2 山手線5駅も隣接地名借用だった  [目黒]
   現ルートになったのは村民の反対運動のせいか
   問題があったのは駅名選定のほうだ
   2カ所で「さんま祭り」が行われる珍風景
   当初、住民は「高田村停車場」と呼んでいた!  [目白]
   駅よりも西側に移植された「目白」の地名  
   混迷した「目白を希望する会」の訴訟事件
   設置場所は巣鴨村の内だった   [大塚]
   駅名が新たな問題町名を生み出した
   詐称の駅名をもとに地名も詐称された
   1㎞近く離れた名所の名を借用   [高田馬場]
   駅名を地名にするのは“本末転倒"もはなはだしい
   電車線複線化と同時に設置された新駅   「鶯谷」
   1㎞以上も離れた地に通称地名を強制移動
   駅周辺に“谷間"はない
   問違いは江戸文人の錯覚から始まった
 3 中央線4駅も地名と整合しないゾ
   代々木も場所違いの駅名である   [代々木」
   麹町なのになぜ「四ツ谷」駅なのか   「四ツ谷」
   ここは市ヶ谷ではなく番町だ   「市ヶ谷」
   番町に居て番町知らず
   なぜ、対岸の井泉名を駅名にしたのか   [御茶ノ水]
   お茶の水橋は文明開化のシンボルだった

 Ⅲ章 山手線駅名総点検

 1 東海道本線――新橋~田町
   橋の名が地名となるまで   [新橋]
   鉄道発祥地の「汐留」も江戸時代からの橋名・町名
   遠州浜松の名に由来するか   [浜松町]
   元は田園だった地につくられた新町   [田町]
 2 旧・日本鉄道品川線大崎~新大久保
   軍事と通勤の両面で必要となった新駅   [大崎]
   居木橋の地名は完全に抹消された
   先に「大崎」の名を取られてしまった駅   [五反田]
   空前にして絶後! ビールの銘柄が駅名になった   [恵比寿]
   日本鉄道駅から山手線電軍駅へ   [渋谷]
   私鉄ターミナル駅として大発展
   鉄道国有化直前の駆け込み開業   [原宿]
   原宿の「宿」とは「町場」のこと
   電車が走りはじめて電車駅が次々と開設された   [大久保]
   「大久保」の駅名は「百人町」とすべきだった   [新大久保]
 3 旧・日本鉄道豊島線――池袋~駒込
   常磐海岸線と晶川駅を結ぶ短絡線   [池袋]
   江戸の北はずれの地   [巣鴨]
   南北に長い駒込の地   「駒込]
 4 旧・日本鉄道東北線――田端~上野
   常磐線の分岐駅として設置された駅   [田端]
   日本鉄道・京成の日暮里駅設置の経緯   [日暮里]
   「大町名主義」の住居表示に異議あり!
   西日暮里の駅名は「新堀」または「道灌山」でもよかった   [西日暮里]
   上野とは、ごく単純素朴な地形地名にすぎない   [上野]
 5 市街縦貫線――御徒町~有楽町   [御徒町]
     鉄道と神田川水運の結節点   [秋葉原]
     鎮火神社の祭神は「アキバの神」なのに
     広漠として不便な「神田」の駅名  [神田]
     明治の悲願だった“東京中央停車場”   [東京]
   駅名「東京」は是か非か
   明治元年「東京」命名の経緯
   織田有楽斎の屋敷跡というのは疑問   [有楽町]

 Ⅳ章 駅名ミステリー・ゾーンを探険する

 1 北へ北へと移動する「横浜」駅の怪
   砂州の上の小漁村が大港町に発展
   横浜開港と<初代>横浜駅   [<初代>横浜]
   <初代>横浜駅はスイッチ・バック方式のターミナル(終着)駅だった
   横浜の駅名を北へ移動させろ!   [<2代目>横浜]
   <2代目>横浜駅は関東大震災で壊滅した
   横浜ユニ才ン・ステーションという発想   [<3代目>横浜]
   東横線「本横浜」駅の不思議
   本来の横浜から北へ7㎞も離れた「新」横浜駅   [新横浜]
   拡大しすぎた「横浜」の弊害
 2 「千葉」駅は流浪する   [千葉]
   半径2・5㎞以内「~千葉」「千葉~」駅が11駅   [本千葉]
   成田不動尊参詣のための短絡私鉄路線   [千葉中央]
                       [千葉海岸→西登戸]
                       [新千葉]
   輸送需要の変化に対応し国鉄千葉駅を移転   [西千葉]
                         [東千葉]
   玉突き式に変更された駅名   [京成千葉]
   駅名と町名が整合していないゾ!
 3 もうすぐ完成! さいたま市浦和の麻雀駅名
   浦和は政治都市として発展した
   日本鉄道浦和駅は中仙道から300m地点に設置された   [浦和]
   旧制浦和高等学校一つだけの“文教都市”
   一人歩きした“文教都市・浦和”
   駅弁大学あって駅弁なし
   京浜東北線の大宮延伸により、電車駅が新設された   [北浦和]
   空襲は免れたが、都市整備は遅れた
   南浦和駅新設の経緯   [南浦和]
   貨物線用に建設された武蔵野線   [西浦和][東浦和]
   東西南北すべて揃った冠称駅名は“世界初の快挙"か?!
   公募による“悪名"の選択   [武蔵浦和][中浦和]
   埼玉高速鉄道「浦和美園」駅から見えてくること   [浦和美園]

 Ⅴ章 つくばエクスプレスの駅名全検証

     こんな駅名はもう許せない!
 1 首都機能移転がもたらしたもの
   中途半端だった筑波研究学園都市計画
   60㎞圏まで拡大された東京通勤圏
   いくつもの課題を背負わされた新線計画
 2 未来志向が歴史と伝統を破壊する
   問違いだらけの駅名選定経緯
   地名を多数決で決めるのは野蛮だ
   心ある住民地権者の願望は無視された   [秋葉原]
   歴史を偽る駅名にするな   [新御徒町]
   街起こしを望むなら「浅草六区」の名を復活すべし   [浅草]
                             [南千住・北千住]
   始末に負えないニセ地名ばかりだ   [六町]
                     [八潮]
                     [三郷中央]
                     [南流山]
   こんな誇大表示は“物笑いのタネ”   [流山セントラルパーク]
   自然保護は大賛成、だが地名文化・歴史遺産を破壊するな!   [流山おおたかの森]
   ラテン語の原義による駅名なぞマッピラ御免   [柏の葉キャンパス]
   ご用済みの人為的名称を復活させるな   [柏たなか]
   抽象名詞を地名や駅名にしてはならない   [みらい平]
   破壊した緑の自然を謳うあつかましさ   [みどり野]
   古代郷名を捨てて公園名を採る脱歴史感覚   [万博記念公園]
   地域特定機能に欠ける駅名   [研究学園]
   そろそろ市名も駅名も漢字表記に戻すべき   [つくば]

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March 22, 2005

ちょっと待った!合併新市名 ②「南セントレア」は空港愛称としても落第だ

<合併新市名論評>
2005-2-25 楠原 佑介

 ②「セントレア」は空港愛称としても落第だ

 セントラル・エアポート→セントレアとは何と愚かな略称か!

*セントレアとは「中部国際空港」の正式名称をCentral Air Portと英訳し、その語尾のPortを切り捨ててCentral Airの部分をCentr-airと略したものだろう。「空港」とはPortに意味があり、airだけなら単なる「空・空気」に過ぎない。日本人は略語製造の名人だが、これはいかにも乱暴過ぎる。

*かつて、分譲集合住宅の意の英語の熟語cooperative-houseをコーポラスcooper-useと約して売り出した業者があったが、こんな珍奇な略語はもう誰も使わない。セントレアの場合は愛称といえども固有名詞だから、定着する可能性は小さくない。だが、それがはたして、喜ぶべきことかどうか。

*セントレアCentr-airを漢字2文字で再訳すれば「中空」か「空中」になるだろうが、飛行機嫌いの私は「~発“中空(空中)”行き」などという飛行機には絶対に乗らない。空港会社の関係者は、英語使いの達人ぞろいだろうから、縁起かつぎや語呂合わせは気にしないのだろうが……。

*このような略語は英語を母語とする国々の習慣にはないはずで、彼らもこの略称は使わないだろう。

*そもそも「中部地方」という地方区分は、明治37年に教科書用に制定された7(8)地方区分の一つで、自然地理・人文地理の双方の観点から、特徴ある地方を教科書用地図帳の1ページないし見開き2べ一ジに納まるよう日本列島の両端から定めてゆき、残った本州中部を(9県という数も多いし面積も広すぎるが)一まとめにして「中部」としたもの。したがって、もしこの「中部地方」を英訳するのなら、Middle Districtとでも称すべきだろう。イングランド中部はMid-landと呼ばれるが、この場合は「内陸の~」という意味合いが含まれているらしく、日本の中部地方には合致しない。ただし日本でも、「中部山岳地帯」と呼ぶ場合には明らかに「内陸の~」という意味合いを匂わせた使い方である。

*欧米には、セントレアに似た発音の地名がいくつかある。西インド諸島のセントルシアSaint Lucia島はイギリス領の火山島で、イギリスでは紛らわしいセントリアはまず使われないだろう。アメリカにはミシシッピ川畔の大都市セントルイスsaint Louisのほかイリノイ州にセントラリアcentraliaという名の小都市があるから、アメリカでもセントリアは使われまい。

*名古屋人・愛知県人がCentra1にこだわるのは、その底に病的なまでの“中央願望"があるのかもしれない。関東と関西のほぼ真ん中に位置し、かつては織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と日本を動かしたリーダーを輩出したのに、ミヤコ(首都)には一度もならなかった。その屈折した思いが結晶したのが、他ならぬ「中京」という僭称であった。世界中には、アメリカ西海岸のロサンゼルス、中国の上海など、一度も都であったことがないのに、経済活動は活発で、その国だけでなく世界をリードしている都市がいくつもある。名古屋人・愛知県人は何ら卑下することなく、胸を張って生きればよい。もし、その“田舎臭さ"から脱却して“風格"を身につけたいのであれば、もう少し「歴史」というものを大切にしたらどうか。名古屋市も愛知県内の各市も、明治以後あるいは戦後60年間の地名変更は東京はじめ全国どこよりもひどい。歴史を語るのは幾重にも積み重なった各時代の歴史的地名群であって、名古屋城の金の鯱鮭鉾は単なる飾り物に過ぎないのに……。

*外国の航空会社や外国人に使ってもらうことは、初めから想定外なのかもしれない。空港利用客から親しまれ、物珍し屋の観光客が押しかけて来るなら万々歳、という見解もあろう。だが、それでいいものか。先日、大学生・高校生の地理意識調査が行われ、彼らの地理音痴ぶりが話題になった。民営空港といえども政府からの補助金は出ているはず。その公的機関が怪しげな和製の略称英語地名まがいを新命名して、どうして学生らの地理音痴ぶりを批判できるのか。

*追記。2月27日の住民投票で、この「セントレア市」の是非が問われたが、合併そのものが反対多数になった。ザマアミロ! 愚案を考えついた関係者、面白おかしく囃したてたマスコミは全員猛省すべし!。

 「南セントレア市」の市名代案はこれしかない

 「南セントレア市」は3重に×点が付く落第市名だ!

 このタワケた新市名は、今回の「平成の大合併」政策の欠陥をモロにさらけ出している。2町が合併する場合、どちらか一方にゆかりの地名を新市名にしては、もう一方は納得できない。そこで、より広い自然地名などを借用してお茶を濁そうとする例が続出している。この新市名がダメなのは、①合併新市域内に地名として存在しない、②別地の、しかも地名ではなく施設の愛称に過ぎない、③施設の愛称としても問題多いネーミング(前項参照)――と×点だらけで、プラスに評価できる点は何もないことである。しかも、このような架空(=中空)の名称が市町村名に許されるとなれば、これを“前例"として各地に同工の願望型抽象名、しかも外国語が全国に氾濫する虞れがある。発案した美浜町長の弁によれば、「国際空港に来る外国人客に1人でも多く足を運んでもらいたい」ということらしい。何という浅ましくも、愚かな発想だろうか。かりに足を運ぶ人間がいたとしても、こんな市名では先進国からの客も発展途上国の人たちも誰からも尊敬されない。まさに“国辱もの"の新市名と呼ぶべきだろう。

 出す知恵はある――歴史に学べ!

 美浜町+南知多町の場合、郡名の「知多」は、昭和30年に3町合併で成立した知多町が同45年に市制施行して知多市を名乗っている。この知多市の名は南北に細長い古代以来の知多郡域から見れば、その北部の狭い領域に過ぎず、僭称の類である。その点、今回の合併の一方の当事者である南知多町(昭和36年、3町2村が合併)は知多郡の南端部であることを表現したもので、まあ問題は少ない。だが、今回の合併で「南知多」を名乗ろうとすれば、相手の美浜町は承服しないという図式である。
 ならば、歴史に聞けばよい。古代尾張国知多(智多)郡には5郷があったが、その一つ富具郷は現・美浜町野間から南知多町内海にかけての一帯に比定される(次ぺ一ジ分布図参照)。この富具郷はのち、鎌倉期~室町前期にかけて安楽寿院領の野間内海荘に移行している。
 知多半島西岸は丘陵地が海に迫り水田耕作が可能な平野は狭いが、伊勢湾を舞台に漁労・海上交通に従事する海人たちの拠点であった。富具郷は2町が合併した全域をカバーする地名ではない(ほかに但馬郷が現・南知多町南半部に想定されている)が、今回の合併新市名としてのプラス点は、現・美浜町南西部から南知多町北西部ににかけて、両町またがっていることである。郷名・群域の歴史的由来と経緯を考えれば、両町の住民・関係者とも異存はなかろう。

 フグ(富具)はフク(膨)の意で、「福」に通じる

 富具郷の遺称は現在、美浜町野間の南部に富具崎川が流れ、その河口に富具崎漁港があり、地内には富具神社も鎮座する。この富具郷は、知多半島西岸の海岸線沿いに標高40~50mの丘陵が張り出し、海に向かって大きく膨らんだ地点に当たる。全体に単調な知多半島西岸では唯一、伊勢湾に向かって張り出した地点ということになる(地形図参照)。
 この地名の語源は、その膨らんだ地形をフグ(富具)と表現したもの。フクとフグが通じる例は、冬の海の味覚である海豚を、西日本では語源通り清音のフク(釣り上げると腹部がたちまち膨れることに由来)と呼ぶのに、東日本ではフグと濁音化するのに同じ。河豚釣りの経験者には説明不要だが、河豚という魚は釣り上げられて海面から空中に出されたとたん、腹を膨らませて威嚇・警戒のポーズをとる。山口県下関漁港の土産物である河豚提灯は、その愛敬ある断末魔のポーズを形に残したもの。
瀬戸内海の入江のほとりの漁村では、冬場、カレイ釣りの外道としてクサフグが針に掛った。東日本の海辺の子供たちは河豚を釣り上げたらすぐ、膨らんだ腹を足で踏みつぶして堤防に放置するらしい(ネコやカラスが食ったらどうなるのだろう?)。だが我々は、その小さな河豚を大急ぎで家に持ち帰った。と、祖母が素人ながら器用な手つきで河豚の首筋に包丁を入れ、腹皮と内蔵をクルリと身からはがして捨て、裸の身と皮つきの頭を(血合い部分は取り除くが)味噌汁の具にしてくれた(もう2度と味わえない珍味!)。
 地名も魚名も使われた言葉は同じで、富具郷の郷名もフク→フグと転訛したものだろう。
 地名にはフクという用語はしばしば使われ、多くは「福」というめでたい字音語が当てられている。岡山県児島湾岸には広大な干拓地が広がるが・そのあちこちに「福~新田」とか「~福新開」という地名があった。私は初め、人工の干拓地だからめでたい「福」の字を使った美称だろうと思っていたが、本格的に地名を研究しはじめてすぐ、単なる美称ではなく「膨らんだ地」を表したものでもある、と気づいた。干拓地とはすなわ、「海に向かって陸地を膨らませた所」にほかならない。人工の干拓地だけでなく、河口三角洲など陸地が自然の営力で膨らんだ地にも「福~」の地名は多数見られる。
 水平方向の膨らみだけでなく、垂直の膨らみ・すなわち山や丘陵にも「福」のつく地名は便われている。
中世・在地武士団は険阻な山の上にまず城を構えた(山城)が、やがて平野部に要害の地を求めて進出しはじめた。平野に向かって水平方向に突出した丘陵端や平野の真ん中で盛り上がり膨らんだような小山.小丘丘は、周囲に濠を巡らせれぱ堅固な軍事拠点にできる(平山城)。やがて、こうした平山城の周囲に城下町が築かれ、「福山」「福岡」「福知山」「福本」などと称された。

 美浜町+南知多町の合併新市名としては、古代の郷名をそのまま採り新市名「富具市」としてもよいし、郡名を冠称して「知多富具市」と名乗る手もある。または、「富具」を「福」に置き換えて「知多福市」、あるいは郷名の「富具」を「福」に換えて「福郷市」・「知多福郷市」としてもよい。この程度の加工・修正は古代から中世へ、また近世村名へと継承される時にしばしば行われており、歴史的伝統的地名の保存・継承策としては許容範囲内といえる。ここに紹介した代案はどれも、「南セントレア市」などという根拠もなく、架空のタワケた新名よりははるかにマシというもの。

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March 05, 2005

ちょっと待った!合併新市名 ①千葉県「太平洋市」に代案「武佐市」を提案する

<合併新市名論評>


①千葉県「太平洋市」に代案「武佐市」を提案する!

 今回の合併新市名では隣接する広域自然地名を借用(パクリ)・流用する事例が目立っている。2年前に刊行した『こんな市名はもういらない!』でも指摘しておいたが、自然地名を市名などの行政地名に流用すれば、同じ名で性質が異なる2種の地名が併存することになり、必然的にさまざまな不都合が生じる。何よりも場所特定機能に混乱が生じ、それは時には人命にも関わりかねない事態を発生させかねない。去る1月31日、千葉県成東町・山武町・松尾町・蓮沼村の3町1村の合併協議会が新市名を「太平洋市」と決定したのも同工の類です。私は新市名を聞いた途端、「ギャンブル都市でもつくる気なのか?」と訝った。アメリカ東海岸、ニュージャージー州にAtlantic Cityという名の観光都市がある。観光というよりむしろ、カジノなどギャンブルの町といったほうが通りがよい。Atlantic Cityとは文字通り大西洋に面していることから命名された、いかにも植民国家アメリカ合衆国らしい都市名です。千葉県九十九里浜に面した3町1村の新「太平洋市」はそのひそみに倣って、ギャンブル場を誘致して振興を図ろうとするのか、と直感させるに十分でした。

 そうこうしているうち、全国地名保存連盟の新体制で事務局を担当される予定のK氏(別項で述べた住居表示で消された旧町名復活について、新運営委員会の中では小生と意見の相違がない少数派)から「何か対案はないか?」との諮問がありました。早速、手もとの『角川地名大辞典 千葉県』の該当項目を開き、古代郡名の表記と位置関係を確認しようとしたところ、郡名項目よりも先に「武佐国造」の項目のほうが目に飛び込んできました。

 国造・県主は、太化の改新、(西暦、645年に、中央集権化される直前まで日本列島各地を支配していた古代在地豪族です。現在でも多くの発展途上国では国民国家以前の部族社会の色彩が色濃いようですが、今から1400年前の日本列島はほぼ同じ状況で、部族ごとに族長が統治していました。彼らは連合王国の中央権力たる大和朝廷とはそれぞれ盟約関係にあり、中央からは国造・県主と呼ばれていました。在地豪族というと何やらおどろおどろしく聞こえますが、今日まで各地に残された前方後円墳ほか古墳時代の大型古墳の被葬者はほとんどこの国造・県主クラスの人物です。

 国造・県主は、『魏志倭人伝』に載る対馬国・壱岐国・末廬国・伊都国の名が国造・県主名にもなっている(一部漢字表記は異なる)ことから、もしかしたら優に弥生後期にまで遡る地名だった可能性もある。ちなみにヨーロッパ社会では、イギリスの首都ロンドンはA.D.43年にローマ人に侵攻・占領され、ラテン語でLondiniumと呼ばれていたという。西暦5世紀にはアングロ-サクソン族が侵入しローマ人は撤退。おそらくこのころ、ロンドンは現在のLondonと表記されるようになったと思われる。

一方、フランスのパリはB.C.3世紀ごろ、ケルト系のパリシイ人がシテ島に漁業集落を構え、のち商業活動にも従事していたという。B.C.52年、カエサル率いるローマ軍が侵攻、セーヌ川左岸に植民都市Lutetiaを建設、シテ島と合わせてLutetia-Parisiorumと呼ばれた。5世紀ごろまでローマ人のガリア支配の拠点だったが、6世紀前半にメロビング朝フランク王国の首都になり西ヨーロッパ屈指の大都会に発展した。

 このように見てくると、国造名を継承した上総国武射郡の名は優にロンドンやパリに匹敵する歴史的地名である。もしヨーロッパで、この種の古地名があるのに「わかりやすく簡明に、夢とロマンあふれる今風の新名称を命名しよう」などと言い出せば、その政権は1週間ももたないはず。個人にせよ団体にせよ、そんなことを主張する連中は異星人扱いされるか、文字通り“袋だたき”に遭う事態も覚悟したほうがよい。

 なお、武佐国造の拠点は、古墳分布の規模と時代差から現・東金市ではなく成東町にあったこと、合併域外の東金市武射田は中世の武射御厨の遺称であることについては3月6日、現地住民集会で説明します。

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